人を自由にする道具               キリヤマ タケオ

これはとても面白い話だと思うんです。しっかり怪獣にくっついて、怪獣を体で知って、くっついて共鳴して、その後離れて行く。その時に、この怪獣に場所を与えるんです。怪獣を排除…俺に負けたんだからいなくくなれっていうのじゃなくて、この怪獣に居場所を与える、役割を用意する、この怪獣に目的を作って行く。


次はとてもびっくりしたニュースがあったんです。それはね、北極の熊の話なんです。温暖化によって海面が上昇し地面がなくなり今まで歩いて渡れた土地を泳いでいかなくては向こうへいけなくなった。しかもそれが泳ぎ切れる距離ではないのだそうです。獲物を捕りに行けなくなって、親がこどもを食べ始めた。非常に痛ましいことですね。ヒトが地球を消費したツケを白熊がこうむっている。
 歩いて渡ることができる距離、あるいは橋を架けると渡れる向こう側があるということは大切です。この距離が破壊されてしまわないように、環境をこれ以上壊さないようにしないといけない。行ったり来たりできたのに、向こう側がなくなってしまったら、向こうへ渡るエネルギーが行き場がなくなり反転して自分を攻撃し破壊することになるでしょう、恐ろしいことに。その結果、白熊がみせてくれたように、自分の子どもを食べてしまう。本当は向こう側に行って自分が新しく生きたいのだろうが、向こう側がなくなった時に、自分の子どもという可能性を殺してしまうことになる。橋を渡れるという可能性、あるいはその考え自体を自分で止めてしまう。これは、虐待で起こっていることですね。


向こう側が、あるということ。
向こう側は恐いだけではなく、そこに未知があり、少し向こうに行ってくるだけで、世界が新しく見えること。そういうことを、思い出していかないといけない。


本来は少なくとも、三つの世界があります。
”現実”と呼ばれる一つ目の世界、”未知”と呼ばれる向こう側の世界、その2つの間の世界。この三つの世界があるのですが、希望を失い、橋が消え、向こう側の未知の世界との関係性が切れ、一つ目の世界だけになってしまっているのですね。出口がなくなっているんです。


地球を温暖化し、海面という無意識や未完了な過去の傷が浮上しすぎてしまって、橋を架けられる距離が海になってしまったということでしょう。ここから、本来あった大地の形にもどっていくには、どうしたら良いのでしょう。まずは、おぼれないように”船”や救命ボートが必要な時です、それが”今”なのではないでしょうか。

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力でねじふせることをしない

 

大切な何かを大切にする為には、

何が必要だろう。

 

繊細な何かは、ちょっとした力でつぶれてしまうし、

みえなくなる。

 

何かをするときに、何かをきりすてないですることは、できるだろうか。

 

きりすてること、排除することが苦しみをつくり出している。

そういうことを平気でしてきた自分に気づいたのだ。

 

それは、自分が男性だから、

声が大きいから、

立場が強いから、

そういうものが自分の視野を狭くしてきたことだ。

 

そうしてきたことで、

自分の中の女性、

自分の中の赤子、

立場の弱い人、

を切り捨ててきたのだ。

 

こういうことは、もう、止めることにする。    タケ   2011.2月

 

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男の不機嫌
 
男性としての自分に見られる”不機嫌さ””不愉快さ”っていったい、何なんだろう?
思い起こしてみると、何人もに何回か言われている指摘だ。
「不機嫌にみえるし、顔色を見てしまう」と。
その時、自分では、不機嫌や不愉快と自覚していないことがほとんどだ。
「そう見られているのか」とびっくりする。
不機嫌とみられていた瞬間に自分を巻き戻してみると、
相手との関係を瞬間閉ざして、閉じこもっている自分がいることに気づく。
閉じこもることが起こっているのだから、しっかりと閉じこもってみると、
そこにあるものは、ちっぽけな自尊心なのだ。
相手の言った何かに、自分の未完了な何かが反応する。
地雷のようなもんだ。いや、地雷をそこにおくことで、ちっぽけな自尊心のショックを守ろうとしているという方がぴったりくる。
自分を守ろうとして、地雷をおいて、爆発させているのだな。
いやあ、知らなかった。
気づいてみると、恥ずかしい。
敬愛するシャーマンのドン・ファンは、自尊心の問題を指摘している。
この自尊心の暴れ方、それを手放すことを教えてくれている。
信頼できる関係性という器の中でこそ、取り組むことができるのに、
そこをぶちこわしてどうする、自分???
そこに地雷をおいてしまう自分の愚かさが、身にしみる。
このやり方は、二度としない。
 
タケ    2010/12/02

慈悲

 

慈悲の無いところに、変容は起こりえないのだと、

最近つくづく想うようになった。

 

慈悲のない厳しさは、暴力に等しいのではないかと想うようになったのだ。

 

他者に対して、と、自分に対して、こう想うのです。

 

人は、何かの目的があると平気で自分の部分を切り捨てることができる。

だとすると、目的というものは、必要なのだろうか?

 

自分にある愚かさや弱さに対する慈悲をもちたいのだ。

 

弱い自分も、強い自分も、逃げる自分も、戦う自分も、自分なのだから。

自分とは、これらの自分の総和なのだ。

 

だとしたら、どの自分も大切なのではないだろうか。

 

タケ  2010.10.19

 

* 想い うた * 2編

『転生』『転生者オンム・セティと古代エジプトの謎』より   

 

思い出させておくれ あの不思議な旅を

二人が出会い

笑いに満ちたあの旅を

人生がいつか終わるとき

ふたたびふりかえろう

二人が出会ったあの日のことを

あなたに触れるとき

世界は生まれ変わるだろう

星は新しい軌道を描くだろう

そして、終わりが、新たなはじまりとなるだろう

思い出させておくれ

 

「私たちの物語」 ウィリアム・スタッフフォード 

『真実になりえた物語』より

 

 

 

愛はとてもはかないもの

一目だけで、一つの言葉だけでも失われてしまう

恋人たちよ、愛をていねいに扱いなさい

愛はたいへん強いもの

揺るぎない真実によって愛はさらに強くなる

神々でさえ手が出せぬほどに

 

レスボス島出身の女流詩人サッポーの詩を読むベントレシャイ    MANA  2010.10月